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まちの達人

ガラスを複雑な形にカットして、はんだごてでピースをつなぎあわせて創りあげるステンドグラス。その鮮やかな色彩に魅せられた、「ステンドグラスの達人」緒方繁昭さんを訪ねました。

豊かな色彩にきらめく宝石箱や装飾置物、テラリュウム(観葉植物の保温室)から、神秘的な輝きを放つ万華鏡やなどを創り出す緒方さん。定年前まではほとんどものづくりに関わることがなかったばかりか、スキーゴルフにキャンプ、旅行などアクティブな趣味とは別世界の創作活動のきっかけなども伺ってみました。


達人インタビュー
まず、ステンドグラスと緒方さんの関わりを教えて下さい。


50代半ばのころに、国立横浜国際会議場のステンドグラスと出会ったんですね。その美しさに深く感銘をうけたのがきっかけでしょうか。
もっとも長崎生まれで、母方の実家が浦上天主堂のすぐ裏だった事もあり、幼いころからお祈りなどの機会に、美しく輝くステンドグラスとの関わりがあったのでしょうね。

ご出身は長崎なんですね。人生の中で記憶に残る歴史は?

15歳の時に長崎で原爆に被爆しました。被災時は学徒動員で長崎三菱兵器工場で空中魚雷をの作業を行っており、たまたまボール盤(機械)の陰になって爆風から免れました。同じ工場で働いていた多くの仲間も犠牲になりました。奇跡的に生き残ったといっていいでしょう。

自宅も爆風で五右衛門風呂の土台以外は跡形もなくなり、母の遺体もついに見つかることはありませんでした。

ステンドグラスを始められたきっかけは?

はい。横浜商工会議所を退職してから、第2の人生をイキイキと大いに楽しもうと考えました。そこで趣味のゴルフや囲碁はもちろん、キャンピングカーでの国内旅行や、妻と海外の名所を長期間で旅したり、、、。

そんな中、ヨーロッパの教会や美術館などで目にしたステンドグラスの、鮮やかな色彩に魅せられて、見るだけではなく自分で創ってみることはできないだろうか?と考えるようになりました。

そんな時に、生涯学習事業で「男の手仕事、ステンドグラス創り教室」を知り参加したのが始まりで、その後渋谷にある日本ステンドグラス普及協会の高等科に1年間通いました。

 

 

作り方が想像できないのですが。難しいところや面白いことは?

ガラスをカットして、その小片を"コパーテープ"と"はんだ"でつなぎ合わせるのです。設計図をおこして創りあげるのですが、ガラスの切断は急な角度では割れが生じたり、ランプシェードのような球面のものは、ガラスが平面のため隙間の空間ができたり、ガラスの表面を削ったりと細かい仕事がありますね。また、万華鏡のミラー部分の接合が極めて難しく仕上がりに差が出ます。

 

ステンドグラスの面白さはどこにありますか?

一人でも楽しめるところがいいですね。

そして夢中になれるのです。現在製作しているランプシェードでも、ガラスの小片が300ピースを超えるんですよ。それを1つづつ、はんだごてを使ってつなぎ合わせます。
根気良くないとできないでしょうね(笑)

作っていて一番嬉しいのは、作品ができあがって、ランプを入れたその一瞬すね。
何ともいえない感激の瞬間です!
約40年間ものづくりとは一切縁がなかった仕事でしたから、この喜びは何ともいえないひと時ですよ。

人生を謳歌していらっしゃるようですが今後の抱負などは?

ステンドグラス製作は知り合いに頼まれたり、タウンカフェで展示販売を始めた事もあって、作るのに夢中で、現在の作品はわりと創意工夫が足りないと思っているんです。いろんな方からご意見などをいただいて、現在の作品を評価をして欲しいですね。

そして、これからはもっと、物真似ではない独創的な作品を作りたいと思っています。(笑)

 


横浜商工会議所の常務理事・事務局長として、長年にわたって地域経済の活性化に貢献されていた緒方さん。
いつも穏やかで、ゆったりした笑顔が印象的ですが、いざステンドグラスの話題になると、少年のような真剣なまなざしで、イキイキとした表情に変わる76歳のジェントルマン。お孫さんの自由研究や、生涯学習講座のお手伝いなど、ものづくりを通した人との関わりも大切にされる姿勢が素敵ですね。

これからも世界に1つしかない美しい作品を創りだして多くの人に喜びと感動を与えてください。

[インタビュー] さいとう


達人の紹介


ステンドグラスの達人 緒方繁昭(おがたしげあき)

横浜市磯子区洋光台在住

作品は港南台タウンカフェにて展示販売されています。

港南台タウンカフェ


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