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まちの達人
 

社会に必要なコト、笑顔でつくりだそう
小俣典之さん
NPO法人横浜NGO連絡会(通称YNN)理事長
NPO法人FHCYアジア障害者パートナーズ代表理事

インタビュアー 齋藤 保(株式会社イータウン代表)
レポーター:山本瑞穂(港南台タウンカフェインターン)
取材日:2010年6月2日

  6月初旬の午後、プチ教室やカフェサロン利用でにぎわうタウンカフェにて、YNN小俣さんとタウンカフェ斉藤さんの夢の対談が行われました。
小俣さんの活動の様子をお伝えするために予定された取材でしたが、予想通り大いに話に花が咲き、国際協力や地域活動のことはもちろん、幼い頃の話題から、目指すべき地域社会のことまで、話はなかなかつきません。
そんな魅力的な対談のこぼれ話を、レポーター山本がお伝えします。

達人インタビュー

◆小俣さんの活動経緯について

 

斉藤    今日はよろしくおねがいします。「普段からお付き合いはありますけど、改まってこういう話をする機会ってありませんでしたよね。

小俣    そうですね。よろしくおねがいします。

斉藤
    まずは小俣さんが現在活躍されている国際協力の分野で働くことになったきかっけを聞かせていただけますか?」

小俣   実は学生時代は水産を学んでいたんです。一方で福祉の世界に興味があって、大学卒業後は養成学校で1年間勉強した後に、泉区にある知的障害者支援施設「松風学園」に入職しました。でも当時、特に行政が運営する施設で“ボランティア”ってあまり浸透していなかったんですよね。というか受け入れを一切行っていなかった時代でした。しかし、地域を考える会の動きもあり、地域の人たちに、どうやったら福祉の事を知って、感じてもらえるんだろうって常に考えていました。その一つのきっかけとなったのが、施設を開放して地元の人たちと開催した夜の流しそうめんです。夜に行うのがミソなんですね(笑)。 今まで施設に、それも夜に入るという事がなかったので、すごくインパクトがあって良い機会になったと思うんです。そのときから、ボランティアと地域をどうつなげよう、ということを常に考えるようになりました。

小俣典之さん 斉藤保

 

−そして小俣さんの想いは徐々にアジアやアフリカの障がい者支援にシフトしていきます。
「一度きりの人生だから。後で後悔するのが怖いんでしょうね。」とおっしゃる小俣さん。どんどんと自分のフィールドを拡大され、現在のFHCYや横浜NGO連絡会への活動へと展開していかれます。

 

 

斉藤    FHCYの活動は、世間でモデルとなるような事例がない活動ですよね。またその世界で生計を成り立たせていく、という意識が、1980年代からお持ちだった事は非常に稀だと思いますが。

小俣   そうですね。当時から市民活動にすごくはまっていたんです。人と会う魅力に気づいていたので特に「変わっている」と意識したことはないですね。性格上、システム化されてしまうとやりたくなくなってしまうんです。まったく新しい所から考えていくことが好きなんです。
特に、当時はまだ福祉のことに関しては、認知されていない時代だったので、周囲に知らせる必要はあったんです。それを一から考えていくことに魅力を感じていたんですね〜
FHCY

 

 

◆小俣さん+港南台タウンカフェ

  斉藤   考えてみると、小俣さんとは、出会ってからもう8年にもなりますね。

小俣
   もうそんなに経ちますかぁ〜!?



斉藤
   タウンカフェができるずっと前、こういった場づくりを進めるためにまちづくりフォーラム港南として行っていた、上大岡交流交差点イベントの地域活動紹介で、共生のまちづくりの立場としてのご参加でしたね。とても熱心に発言されていたことが今でも印象に残っています。

小俣
   そうでしたね。その後ご無沙汰でしたが、2006年に神奈川県が実施した、「NPOと商店街の連携事業」で、FHCYとして、横浜港南台商店会と共催をさせていただいた時に再開しましたね。

斉藤   港南台テント村やタウンカフェギャラリーで、タイの民芸雑貨の展示販売や、タイの障害者支援の現状を紹介する写真展や絵画展でしたね。でも最終日の港南台マロニエワインをいただきながらのサロンが何より良かったです!(笑) 恐らく一緒にワインを酌み交わしたことで、タウンカフェの小箱ショップや港南台国際協力まつりの動きへとつながっていったのでしょうか。(笑)

  
小俣   そうですね〜。そのときから港南台商店会とも関わらせてもらって、タウンカフェとYNN共催の港南台国際協力まつりはもう、夏の恒例行事となって4回目を迎えるんですね〜。

斉藤   そう考えると本当に早いですね。これからも様々なカタチでつながれたらいいですね。しかし、大規模な国際フェスタなどを運営されているのに、なぜ港南台なのでしょう?

小俣
   港南台国際協力まつりは、横浜みなとみらいなどで行っている、国際フェスタのようなビッグイベントとは異なり、地域の顔の見える関係を紡いでいく役割としては大きいと思っています。また、このイベントでは、あまり何事も決めつけずに、ゆる〜〜く行っていく良さを醸し出したいんですよね。マニュアルなしにみんなでやろうよ、と声をかけて、色んな団体が集まって開催するイベントもあっていいと思うんです。むしろそうやってイベントができないとNGOとしてはやっていけないですよね。そこから生まれる地域とのコミュニティも大切にしていきたいんです。

斉藤   そういえば、ブースの場所も、進行の時間も、きっちり決めないで、とてもいい(良い)加減?ですね〜(笑)。

  
港南台国際協力まつりの様子 
2006年から開催している横浜NGO連絡会と港南台タウンカフェが協力して行うイベント。今年は7/24(土)・25(日)に港南台テント村にて開催予定。



 


お二人が運命的な出会いと再会を果たしてから、はや8年、毎年恒例となった国際協力まつりや、タウンカフェでの「タイ国障害児の絵画展」など、その後もさまざまな可能性を見いだし共に活動してきました。小俣さんと斉藤さんの絆はきっても切れない関係にあるようです。


◆小俣さんfeat.斉藤さん 夢の対談 昔のハナシ
国際協力や地域交流。結局は社会や自然との関わり

  斉藤   最近の情報化がもたらす影響の大きさについてよく感じるんですが、携帯もメールもなかった世代は、リアルなコミュニケーションの実体験があった上で、それを補完したりツールとして、情報コミュニケーション技術を活用してますが、若い世代や今の子って、気がつくと道具がある中で育ってきた。だから家族や親せき、友達との関わりもとても薄くなっている。それで、おまけに地域コミュニティが少なく、ごく限られた層の人としか関わるチャンスがない。
たぶん一番大きな問題は、そういった人の生き方において大切な関係づくりの重要性や、それが現在の社会で欠落している事に気づいていないオトナが多いことじゃないでしょうか。

小俣   なるほどね。あと自然体験と、もうひとつは「貧しさ」だと思うんですよね。今でもよく覚えてるんですけど、根岸森林公園の近くに行った時、アメリカに接収されている様子を目の当たりにしたときは子ども心ながらにすごい傷ついたんです。それが、今も根っこにあるんですよね。その貧しさこそ、さまざまな発想力を生み出すんだと思います。

斉藤   そうですね。みんなで考えたり、あれこれ工夫したり、ですね。
今って色々な遊び道具があるじゃないですか。高度な道具を使えば使うほど一緒に遊ぶ世代の範囲が限定されちゃうんですよね。それによって発想力がなくなったり色々な経験もできなくなると思うんです。それに伴って、関わる人の範囲が限定されてしまうのではないでしょうか。

小俣   僕は子どもの頃は変な子だったと思うんです(笑) 漫画が苦手だったんです。たぶん、想像力が遮断されるのが嫌いだったんですよね。逆にはまってたことは、白紙に空想の地図を書くことが好きだったんです。そのとき等高線とか習った時期でもあり、、自分でまちを開発して駅や線路を加えていくんです。頭の中はまったくの空想だったんですけど、すごく楽しかったのを覚えています。

斉藤   あ〜なるほどよく分かります。笑

小俣   あまり普通ではやらない遊びなんですけどね。笑

斉藤   そういえば僕も田んぼのど真ん中にある田舎の庭で、木の棒でコースを描いてミニカー2台を走らせてひたすら遊んでいました。

小俣   なるほど。やっぱりそういう想像力ですよね。今のゲームなんかはルールが決まっているからなかなか想像力が発達しませんもんね。

 


お二人の話では、物があまりないために働いた「想像力」と「貧しさ」、そして「直接体験」がキーワードとなっているよう。これらが欠けてしまうことにより人と人とのつながりも無くなってしまうという、市民活動をされてる実践者の方らしいお話となりました。


◆小俣さんの想い、夢

  斉藤   一度伺ってみたかったのですが、小俣さんの原動力ってどこから来ているんですか?

小俣   う〜ん。もちろん、仕事は楽しいことばかりじゃないです。それでも誰かにとって一瞬でも、僕がいてくれてよかったって思ってくれたらそれだけで十分なんですよね。結局はお人よしなのかもしれません(笑)

斉藤   最後に、これから国際協力や支援活動を目指す方々にメッセージをお願いします。

小俣
   とにかくチャンスがあれば貪欲に学ぶということを心がける事が大切かなと感じています。


  さすがです。会話の中からも他の人を気遣う心の広さがうかがえました。
10年後はタイやラオスあたりでのんびり暮らしたいとおっしゃる小俣さん。ステキな笑顔以上のさらなる魅力を発見することができました。
   


あとがき


小箱ショップの出展団体でもある「FHCY」の代表として、タイ南部と日本を駆け巡りながらアジアの障害児・障害者の支援活動を行う一方、港南台国際協力まつりを主催する「横浜NGO連絡会(通称YNN)」の理事長としても精力的に活動を行う多忙な日々。
いつも満面の笑顔を浮かべ、若い学生たちにも気さくに接し、誰にでも細やかな気配りが感じられる、魅力たっぷりの小俣さん。

現在取り組まれているのは、タイの障害者支援や、国際協力団体の連携や支援、心に弱さを持つ方々の個別支援などの多彩な活動。社会の中で必要とされていても、手を差し伸べる関係や制度・仕組みがないことが多い。そんなとき、誰かを非難したり、悲観したり、諦めるのではなく、自分たちでやろうよ!と「笑顔」でコトを起こしていくのが小俣流なのでしょう。

1980年代から、市民活動・国際協力活動の世界で真摯に取り組まれてきた実直な姿勢と行動力。それに加えて、子どものころ、真っ白な紙に自分だけの世界を自由に描く事が大好きだった、と懐かしそうに語る小俣さんがもつ、斬新で柔軟な発想と創造力だからこそ成しえる活動なのだろうか。

人のつながりや、コミュニティ機能が低下する現代。今回のインタビューで、国際協力だけではなく地域のこと、自然との関わりなど広い視点で、ひとり一人と真摯に向き合い、手探りで社会変革を成し遂げる小俣さんの笑顔の奥に、秘められた熱い信念を垣間見たような気がした。

斉藤 保


達人の紹介


小俣典之さん
NPO法人横浜NGO連絡会(通称YNN)理事長とNPO法人FHCYアジア障害者パートナーズ代表理事を務める小俣さん。磯子区出身。1984年より港南台在住。

●特定非営利活動法人横浜NGO連絡会(通称YNN)理事長
横浜市及び周辺エリアで国際協力などを行う20を超える国際協力NGOの方々と、ネットワークづくりや政策提言、NGO相談、セミナー講座、などを行う
http://ynn-ngo.org/

●特定非営利活動法人FHCYアジア障害者パートナーズ代表理事
タイの農漁村部に暮らす障害者の生活を支援を中心の活動団体
http://www.fhcy.org

インタビュアー 齋藤 保(株式会社イータウン代表)
レポーター:山本瑞穂(港南台タウンカフェインターン)
取材日:2010年6月2日


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