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こうなん技術遺産「捺染」を知る


【ころBOXレポート】



「気に入った絵をもって街に出歩きたいなぁ」
そんな素敵な考えががスカーフの始まりと言われている。
今回は、滝沢捺染代表の滝沢靖氏を招いて、「まちサロンin Cafe」ヨコハマスカーフこうなん技術遺産「捺染」が開催された。


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滝沢捺染さんは、79年前に南区の大岡川沿いで創業。その後現在の港南区日野に移転された。大量生産されている機械化されたものとは異なり、深みのある色合いがだせるのは、やはり手作業ならではの味わいである。

捺染の始まりは約150年前の横浜開港後、日本の良質である絹の輸出から、生地に加工する段階を経て、捺染が生まれたという。
木版、紙型を経て現在はシルクスクリーンに進歩しているが、手作業にこだわり続けている滝沢捺染。

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今回は、その滝沢捺染の滝沢社長から、捺染の歴史の話題や、製作工程の写真や映像を見ながら、ヨコハマスカーフの説明を伺い、参加者との語らいを楽しむことができた。

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特に興味深かったのは、バブル崩壊以前は世界の生産量の約8割が日本で、なおかつその7割が横浜で生産されていたという事である。つまり有名ブランドのスカーフの殆どが地元横浜で作られていたというのは驚きであった。

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また当時の大岡川での洗浄の様子を記録した写真も投影された。
昭和30年代までは、そのまま川に流しており、その日や場所によって、川の色が赤や青に変化する様子が日常的であったという。
その後は環境問題の意識も変わり川に流さない、「へどろ状」に産廃として処理する時期が10年から20年くらい経て、ここ最近は染料や技術も進み下水に流せる状況になっているという。

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以前は20社近くあった港南区内の捺染業者さんも現在5社となり、スカーフの生産を行っているのはわずか2社となっている。
シルク100%のもので26インチ以上のサイズしか、ヨコハマスカーフと呼ばない、手生産のこだわり。
ごく身近なこの地域でこのような伝統を守り続けている姿を今後も応援したい。

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☆最後は参加者も捺染を体験させていただくことが出来た。


取材日:2007年11月17日(土)
場所:港南台タウンカフェ
●レポート:斉藤保
●写真:平野真由


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